その日は夕飯をごちそうになってから、お風呂に入りました。お風呂場は予想と違ってせまくもなく、お釜のお風呂でもありませんでした。ちっちゃいタイルが張りめぐらされていました。ただ、気になったのは排水口が直径八センチくらいあって、かがむと外のけしきが見えるのです。そこはあの白い犬のいる板きれだらけの空き地です。体を洗っていると排水口からのぞいている奴がいるのに気がつきました。
 「うわっ、カニカニ。」
 それは三センチくらいの真っ赤なイワガニでした。和樹があわててお湯をぶっかけるとカニは逃げていきました。和樹は思いました。
 (お風呂場にカニが入ってくるなんて、ここは環境問題って関係ない所って感じがするなあ。)
 お風呂からあがると和樹はカニのことを朝一おじさんに話しました。するとおじさんは
 「あのイワガニもね、川に流されているあちこちの家からの洗剤なんかが混じった水のせいでずいぶん減ったんだよ。生活排水って言ってね。」
と教えてくれました。和樹が
 「ふうん、こんな海のきれいな所でもそんな生活排水なんて別の問題があるんだね。」
と答えると、おじさんはさらに
 「最近はね生活排水なんかは田舎の方が問題が大きいんだよ。都会の人たちみたいに環境にやさしい洗剤なんて選ぶだけの生活のゆとりがないからね。」
 「そうかあ、でもその洗剤を選ぶなんてことは大事だけど、ちょっと子供にできる環境のことじゃないね。」
「そうだね、まあ、これからゆっくり考えたらいいよ。」
 そんなこんなで日も暮れてそのあとは電車疲れもあったので早くから床につきました。真夏だというのに海辺の家は涼しくてとても寝心地が良かったのでした。和樹はこれまで星鹿には旅行の途中で少したちよる事はあったのですが、泊まったりするのは初めてでした。


 次の朝は五時半頃、物音で目をさましました。和樹が起き出してとなりの部屋へ行くと、朝一おじさんが、朝食をとっていました。
 朝一おじさんは
 「まだ、寝てていいんだよ。」
と言いましたが、和樹は
 「何でこんなに早くから起きてるの?」
と聞きました、
 「おじちゃんはね、今から、アルバイト。」
と言う返事でした。
 「何のアルバイト?」
と聞いたら、かわって園おばさんが
 「おじちゃんはね、新聞配達をしてるんだよ。」
と答えました。朝一おじさんは照れくさそうに
 「体力づくりなんだよ。体力づくり。」
と言いました。
 「和樹ちゃんも、一緒に体力づくりしたらどう。」
と園おばさんが言うので、和樹はそれから星鹿にいる間、毎日、新聞配達をすることになりました。和樹たちは村の真ん中を通っている狭い道を走りながら両側の家々に新聞を入れていきました。この村はこの一本の狭い道と道に面している家の並びからなっていました。この道がどのくらい狭いかといえば乗用車が一台通るのがやっとと言った程度でした。途中、
 「近道、近道。」
と言って通った墓地で、
 「墓場は恐くないかい?」
と聞かれて、和樹は
 「うん、ここのは全然恐くないよ。じいちゃんの墓の所のは恐いけど。」
と、後に、朝一おじさんが眠ることになる場所とは、思っても見なかったのでした。その墓地は小高い丘の上にあり、日当たりが良くて海の見える素敵なところでした。
 配達には一匹の犬を連れていきました。あの白い犬です。今日の配達で、もうすっかり和樹になれて、先に行っては振り返って和樹の顔を見て、和樹がそこまで行くのを待っていてくれるのです。
 「この犬、何て犬?」
と聞くと、
 「秋田犬だよ。」
と言う返事です。
 「アキタケン?」
 「東北の犬。」
 「秋田県?」
 「・・・じゃなくて、飽きっぽい博多の人言葉。」
 「飽きたけん?・・・あっ、またおじちゃんがジョーク言ってる。」
 「・・・じゃなくて秋田犬って言う犬の種類。」
 「それぐらい知ってるよお。名前を聞いたの。」
 「名前はねハチ。」
 「あっ忠犬ハチ公のハチなんだ。」
 「そう。すごく賢い犬なんだよ。」
 「へえー、例えばどんな風に?」
 「おじちゃんが配達する家を全部、おぼえてます。」
朝一おじさんは誇らしそうに言いました。その言葉通りハチは次に配達する家の前まで先に行って待っているのです。星鹿で朝一おじさんが配達している所は田舎であるせいもあって意外とせまく、配達はあっという間に終わりました。

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