朝八時に、となりの家に住んでいる和樹とは一番仲の良い康雄君と、朝一おじさんの甥の浩介君(朝一は和樹の父の姉の夫なのです) が
 「釣りに行こう。」
と、誘いに来てくれました。
 「待ってるからさ、ズボンの下に海パンはいてきてね。全然、釣れなかったら、泳ぐから。」
と付け加えて玄関の表で待っていてくれたので、和樹はすぐにズボンのしたに海水パンツをはいて、彼らと海へ行きました。この日は天気が良く、青い海が輝いていました。風がないので少し日差しが照りつけていました。
「今日はなんだかすごく釣れそうな気がする。」
と浩介君が歩きながら言いました。いつもあまりしゃべらない康雄君は
 「うん、そうだね。」
とあいづちをうちました。和樹は
「釣れるかどうか、前もってわかるの?」
と聞きました。浩介君は胸を張ってこう答えました。
 「星鹿の子供は釣りはプロだからね。勘でわかる。」
・・・ですが、その勘は見事にはずれたのです。


 朝一おじさんの家の目の前は漁港です。そう言えば朝起きた時に、ぽんぽんぽんぽん、と出漁する漁船のエンジンの音がのどかに聞こえていました。その漁港を外洋から仕切っている防波堤へと三人はむかったのでした。防波堤まで、漁船が一せき残らず漁に出てすっかり眺めの良くなった波止場を三人は歩きました。波止場の海は吸い込まれそうな紺色をしていました。
 「いい釣り竿持ってるねえ。」
と浩介君が和樹の釣り竿を見て言ったので、和樹は正直に
 「お父さんの借りてきたんだよ。」
と答えました。その釣り竿は金色の固いプラスチック製でリール式ではなくて竿の一番先に釣り糸を結ぶようにできていました。もちろん伸び縮みするやつです。康雄君がぽつりと
 「いいねえ。」
と言いました。和樹は、康雄君のお父さんは何年か前に亡くなったことを聞いていたので、なんだか悪いことを言ってしまったような気になりました。
海から突き出た小さな緑茂る山が左側に見える、港を取り囲んだ防波堤の一番先で、三人は釣り糸をたらしました。エサはご飯つぶを釣り針にさしました。和樹が
 「エサがご飯つぶだから助かるよ。やっぱりゴカイとかミミズとか、虫に針刺すのやだもん。」
と言うと、浩介君と康雄君はただ黙って笑っていました。浩介君が思いだしたように言いました。
 「そう言えば、夏休みの宿題って、和樹君とこは、どんなのでてるの?」
 「各教科ドリルが一冊ずつと、特別課題がひとつだよ。」
 「特別課題って?」
 「地球環境のために、子供が出来ることを、大自然の中でみつけてくること、ていうやつ。」
 「へえー、難しそう。ねえ、康雄君。」
 「うん、そういうのは大人が気をつけたほうが効果があるに決まってるもんね。工場が海に廃液を流さないこととかね。子供だったらジュース飲んだ後空き缶をほったらかしにしないとかかなあ。和樹君はどう思ってるの?」
 「そこなんだよね。分別収集のルールを守るとか、友達で集まって空き缶ひろいをするとか、ね。そんなことはわかるんだけど、でも、それは大自然の中から学んで帰ることじゃないもん。」
 「難しいなあ。」
と康雄君が言って、浩介君は
 「ホントに夏休み中に答えがみつかるのかな?」
と、ひとりごとのようにつぶやきました。
 さて、釣りのほうは、ねばること三時間。灰色に白い点々があって釣り上げたらみるみるふくらんでいく、ちっちゃな魚が三匹釣れただけでした。それはクサフグというフグでした。和樹は浩介君と康雄君の勘はあてにならないことを知りました。
「くそっ、海がないでるからか、全然釣れないよ。」
と浩介君が言いました。「海がないでる」というのは、風もあまりなく海に波がほとんどたっていない状態のことです。正式には「凪(なぎ)」と言います。
 和樹は
 「あーあ、疲れた。」
と言って釣り竿をしまおうとして、防波堤の上に横に置きました。そして、あーあと全身で伸びをしたとき・・・。
 「ちゃっぽん。」
 「げ、竿が海に落ちた。あ、あ、あ、沈んでいく・・・。」
 三人の間にしばらく気まずい沈黙がながれて、やっと和樹が口を開きました。
 「ねえ、あれ潜ってひろえないのかな。」
 浩介君が
 「・・・ここ相当深いから無理。」
と答えました。康雄君が
 「・・・高そうなのにね。」
とつぶやき、
 「あー、もう、今日、最低。」
と浩介君が言いました。
 和樹が
 「なんか、釣りする気なくなった。」
と言うと、浩介君が
 「今日は水泳に変更。」
と発表しました。
 「さんせい。」
と和樹が言って、
 「それしかないね。」
と康雄君が言いました。その釣り竿は沈んだ場所が肉眼で見えないくらい、とても深いところだったので、取りに行くことなんてできず、あきらめるしかありませんでした。三人はすっかりしょげ返ってしまいました。

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